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8月の行事【ねぶた祭り・原爆記念日・終戦記念日】の意味と由来とは?

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8月《葉月(はつき)》

 

旧暦の8月は現在の暦では、9~10月頃に当たり、木々の葉が落ちる

[葉落ち月(はおちづき)]が縮まり[葉月(はづき)]になったと言われています。

 

 

『ねぶた祭りとは』

 

 

夏本番を迎える8月には東北各地で夏祭りが開催されます。

青森のねぶた、秋田の竿燈、山形の花笠、仙台の七夕の東北四大祭りが特に有名です。

中でも青森のねぶた祭りは日本で最も勇壮な祭りの一つです。

ねぶたの名称は青森県内の地域によって変わり、

青森市では「ねぶた」、弘前市では「ねぷた」、五所川原市では「立佞武多」といいます。

「ねぶた」は津軽弁で「眠たい」と言ったところから来ているといわれています。

大きな紙の張り子を載せたねぶたが街を練り歩き、

その回りをハネト(踊り手)が「ラッセラー、ラッセラー」といいながら跳ねます。

日本初のねぶた祭りは、弘前のねぷたまつりを真似て行われました。

ねぶたは最初は山車に近いものでした。

現在のように観光を目的として巨大化したのは戦後のことです。

1980年には国の重要無形民俗文化財に指定されました。

 

『原爆記念日とは』

 

 

1945年8月6日に世界で初めて広島に原子爆弾が投下されました。

引き続き8月9日には長崎にも投下されました。

アインシュタインなどが進言したマンハッタンプロジェクトにより原子爆弾が製造が開始されました。

広島のはウランによる原子爆弾で、

長崎のはプルトニウムによる原子爆弾でした。

 

広島と長崎では原爆死没者の霊を慰め、世界の恒久平和を祈念する平和記念式典が、

原爆死没者の遺族や多数の市民の参加により毎年開催されています。

両市長によって行われる平和宣言は、

核兵器の廃絶と世界恒久平和の実現を世界各国に訴え続けています。

 

『終戦記念日とは』

 

 

1945年8月15日に日本が太平洋戦争の相手国アメリカに負け、

この日の正午には昭和天皇による玉音放送がされました。

アメリカ、イギリス、中国によって出された日本に対する無条件降伏を含む

ポツダム宣言を日本が受諾したのは8月14日ですが、

ポツダム宣言の受諾と戦争の終結を日本国民全体に周知するため

「玉音放送」という形で天皇陛下がラジオから直接語りかけたのが8月15日だったので、

この日を終戦記念日とするのです。

 

実際の日本の降伏調印式は1945年9月2日に米戦艦ミズーリ号の上で行われましたので、

アメリカにとっては9月2日が実質的に第二次世界大戦の終結ということになります。

1982年に終戦記念日を「戦没者を追悼し平和を祈念する日」とすることが閣議決定されました。

1963年からは毎年、天皇陛下・皇后陛下ご臨席のもと、

政府主催の「全国戦没者追悼式」が日本武道館で挙行され

正午から1分間黙祷が捧げられます。

 

これはテレビを通じて日本全国に放送されます。

当日試合中の高校野球でもプレイをやめて黙祷する姿が映し出されます。

 

 

 

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